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福岡高等裁判所 昭和57年(ネ)251号 判決 1984年6月06日

控訴人 松嶋末五郎

右訴訟代理人弁護士 吉田雄策

被控訴人 結城産業株式会社

右代表者代表取締役 結城秀俊

右訴訟代理人弁護士 水崎嘉人

同 中島繁樹

同 林正孝

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金八三万三〇七六円及びこれに対する昭和五三年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加し、改めるほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決二枚目表一二行目の「侵水」を「浸水」と訂正し、同六枚目表九行目の「生コンは、」の次に「「」を挿入する。

二  控訴人の補足主張

1  本件船舶の沈没事故が控訴人の過失によるものであるとしても、これは控訴人が被控訴人の従業員としてその業務遂行中になされた加害行為であることは明らかである。

ところで、被用者が使用者の事業遂行中になした加害行為を理由とする使用者の被用者に対する損害賠償請求は、信義則上相当の限度で制約を受けることは、すでに最高裁判例においても確立された法理である。すなわち最高裁判所昭和五一年七月八日第一小法廷判決(民集三〇巻七号六八九頁)は、「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」と判示し、業務執行中の行為を理由とする使用者の被用者に対する損害賠償請求は一定の限度で制約の存することを明らかにしている。

2  被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償請求は、商法七〇五条を根拠とするものと思われるが、同条は、船長が直接契約関係に立たない傭船者、荷受人その他の利害関係人に対して不法行為以外の場合にも直接責に任ずることを定めたところに意味があるのであって、たとえ同条に基づく損害賠償請求であっても、直接の雇用契約関係の存する船舶所有者と船長との間においては、前記最高裁判例の法理の適用を排除すべき理由は全くない。

ことに、控訴人は船長とはいっても、船主である被控訴人との間の雇用関係および従事する業務の実態は、陸上運送におけるトラックの運転手のそれと実質上変るところはないのであるから、本件損害賠償請求についても右の法理はそのまま適用されるべきである。

3  また、本件において被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求の認められる限度を、前記最高裁判例の法理に従って検討するにあたっては、とくに次の事情が決定的に重要な要素として考慮されるべきである。

第一に、本件沈没事故の原因とされている控訴人の船長としての過失行為は、原判決の認定によれば、「生コンをばら積みで輸送する場合船体の動揺で生コンが片寄り大きく船体を傾斜させる危険があったから、船倉に荷止め板を取り付けるよう船主に進言し、これを取り付けてから生コンを積み込むべき注意義務があったのに、これを怠った」とあるように、船舶が海上を航行中における注意義務違反ではなく、生コンを輸送する場合に要求される特別の航海準備をしなかったという点にある。このような特別の航海準備が必要になった原因は、ほかでもなく被控訴人がその営業上の利益を追求するために本件の砂利採取運搬船で生コンの海上輸送を荷主から引受けた行為なのであり、また、船倉に荷止め板を設置するなどの航海準備は、まず船主である被控訴人の費用と責任においてなすべき事柄である。したがって、本件沈没事故については、船長である控訴人のみがその過失のゆえに責を負わなければならないものではなく、より根本的には、被控訴人の営業上の要請に直接基因するものであったといえる。

第二に、控訴人は、被控訴人に雇用されて以来、主に博多湾口で砂、砂利等を採取してこれを運搬する業務に従事しており、本件事故当時まで生コンを海上輸送した経験はほとんど皆無であって、当日被控訴人代表者の突然の命令によりこれに従事したものであり、しかも、それは緊急を要する仕事とされ、控訴人においてその輸送方法について慎重に検討して被控訴人に進言する時間的余裕もなければ、そのような立場にもなかった。控訴人の航行業務は、日常的に逐一、被控訴人代表者または現場部長の直接の指揮・監督によって行なわれており、船長として独自に裁量判断する余地はほとんどなく、控訴人としては、これらの者の命令どおりに航行業務を遂行せざるをえなかったものであって、たとえ本件において生コンの輸送方法について被控訴人に適切な進言をすべき義務を尽さなかった過失があったとしても、それは、被控訴人の側がそれほど非難できる筋合いのものではない。

第三に、控訴人は、船長とはいっても、本件事故当時五七才で、会社より支給されていた月額賃金は、わずか一七万五〇〇〇円であって、同じ乗組員のクレーン士の岡田益和(当時三二才位)の月額二〇万円より低く、この労働条件からみて、被控訴人は、控訴人をそれほど重い責任のある立場の者としては取扱っていなかったことが明らかであり、事故の発生の場合にのみ船長としての高度の注意義務を主張するのは、きわめて手前勝手で不当な言い分というべきである。

第四に、被控訴人が控訴人に本件生コンの輸送を指示した当時、すでに生コンのばら積み輸送の危険性を十分認識していたことは明らかであり、それにもかかわらず、控訴人にその輸送を指示した被控訴人の行為が本件沈没事故の根本原因であって、被控訴人の過失責任の割合は少なくとも九〇%以上あるというべきである。

4  ところで、被控訴人が本件沈没事故によって被った損害として控訴人に対して請求しているものは、本件沈没船舶の引上げをしない代償として被控訴人が西浦漁業協同組合に対して支払った漁業補償金二五〇万円、本件沈没事故によって三か月間被控訴人の事業の休業を余儀なくされたことによる逸失利益金一八一万七四七六円、船長および機関長に対して支払った失業手当金四一万七〇〇〇円(クレーン士に対する分は除く)の合計金四六九万七〇一六円である。

しかし、被控訴人の主張する右の各損害は、いずれも本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。とくに漁業補償については、西浦漁業協同組合に対する支払義務の存在および補償金額の客観的根拠は、本件証拠上全く明確ではなく、被控訴人が事実上これを支払ったからといって、当然本件沈没事故による損害として控訴人に賠償を求めうるものではない。

5  仮に、前記各損害(合計金四六九万七〇一六円)を本件事故と相当因果関係にあるものとしても、本件沈没事故によって被控訴人の被ったこれ以外の損害で証拠上明らかなものは、沈没船舶の調査作業費七万四〇〇〇円および沈没船舶自体の価格である。この船舶自体の価格については、本件の証拠上これを直接証明するものはないが、本件船舶にかけられていた日本小型船舶相互保険組合の損害保険の保険価額が金五五〇万円であったことからして、同金額を越えることはないものと推認される。そうすると、本件沈没事故による被控訴人の全損害は、金一〇二七万一〇一六円を越えることはないと認められる。

控訴人は、本件事故による損害の九〇%以上は被控訴人が負担すべきと考えているが、被控訴人は、この損害額の五〇%以上にあたる金五五〇万円の保険金をすでに前記保険組合より受領しており、これ以上さらに控訴人に対して損害の分担を求めて賠償請求を行なうことは信義則上相当と認められる限度を越えているといわなければならない。

三  新たな立証《省略》

理由

一  被控訴人主張の請求原因事実は、損害の点を除き、当事者間に争いがない。

二  本件沈没事故発生に至る経緯について検討を加える。

《証拠省略》によれば、次のとおり認められる。

1  本件船舶は、前部上甲板に大型旋回式クレーンを備えた木造の砂利採取運搬船で総屯数は約一二〇屯である。

2  控訴人は、昭和四一年頃から妻所有の船舶の甲板員をし、昭和四五年八月二八日付で丙種船長の免許を取得し、昭和五一年一一月一日から被控訴人会社に雇傭されて、本件船舶の船長となっていた。なお、本件船舶の乗組員は、控訴人のほか、クレーン士一名、機関士一名の合計三名であったが、各自がめいめいの仕事を分担していて、控訴人が他の二名を指揮監督するという関係には乏しかった。なお、控訴人の俸給は月額一七万五〇〇〇円であって、同船舶に乗組むクレーン士の俸給月額二〇万円よりも低額であった。

3  被控訴人会社においては本件船舶を主として博多湾周辺の海域の砂等の運搬に利用しており、被控訴人会社において荷主から積荷運搬の注文を受けて同船の運航計画を立て、控訴人は命令を受け右運航計画にしたがって積荷を積載して運搬のための航行業務に従事していた。本件船舶の航行の範囲は、その限度限界区域が平水から往復二時間以内で帰港できる場所までと定められているところから、東は新宮の突端、西は西の浦の先までと限られていた。荷物の積み込み積み降ろしは、クレーン士が同船に設置されたクレーンを操作して行っていた。

4  被控訴人会社は、昭和五二年八月中旬頃、三井建設から生コンを玄海島の防波堤の工事現場まで船舶で運搬できないかとの問い合わせを受け、未経験の仕事であるため、他の船主に運搬を引受ける意思がないかどうか照会してみたが、生コンをそのまま船倉に積載して運搬するのは危険であるとして拒否された。しかし、同年九月初旬頃、被控訴人会社取締役工事部長成井正三が、本件船舶の乗組員三名に対し、生コンを本件船舶で西の浦港から玄海島まで運搬することについて意見を求めたところ、クレーン士は「生コンの場合は三〇立方メートル位までが限度でそれ以上の積載は危険がある。」旨述べたのに対し、控訴人は、本件船舶が砂であれば二四〇トンは積載できるところ、生コンは五〇立方メートルで約一〇〇トンの重量となるに過ぎないので、その程度までの積載であれば危険はないものと考え、「五〇立方メートル位は積まなければ、採算がとれないでしょう。」と返事をした。なお、控訴人は生コンを運搬して航海した経験が皆無に等しく、過去に一度だけ博多港内において一〇〇メートル程度の距離を運搬したことがあったに過ぎなかった。

5  被控訴人会社は右控訴人の意見を採用し、その頃三井建設に対し、生コン一〇〇立方メートルを西の浦港から玄海島まで五〇立方メートル宛二回運搬することを引受け、同年九月一七日にその運航を行うとの計画を立て、控訴人に対し右運搬航行を指示した。

6  控訴人は、右指示にしたがい、九月一七日午後三時二〇分頃、西の浦港に本件船舶を入港させ、船倉に帆布を敷いたのみで、その上に直接生コン五〇立方メートルを流し込んで積み込みをさせ、同日午後四時三〇分頃同港を出航し、玄海島に向った。同時三六分頃から六ノットの速度で、北寄りのやや高い波浪を左舷船首から受けて動揺しながら航行中、同時四〇分頃、船体の動揺で生コンが右舷側に片寄り、船体が約一五度傾いたので、直ちに二ノットばかりの微速前進に減速し、クレーン士がクレーンで生コンを海上に投棄しようとしたが、その準備作業中クレーンの機関が故障して投棄ができなかった。控訴人は、陸岸に本件船舶を乗り揚げさせるべく、左舵をとって船首を陸岸に向けて微速力前進のまま進行するうち、倉口から海水が入りはじめ、同時四七分頃、機関を停止して投錨し錨泊中、ますます右舷側に傾き、多量の海水が船倉内に入り、同時五〇分頃、西浦岬燈台からほぼ南西二分の一西八〇〇メートル程の地点で沈没した。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、控訴人は、船長として、本件船舶の航海の安全を図るべき注意義務があるところ、生コンはその性質上軟らかく多量の水分を含み、これを船倉にばら積みして輸送する場合、船体の動揺で生コンが片寄り大きく船体を傾斜させ、その結果船体内に浸水し沈没するなどの危険があったのであるから、船主に対して、船倉に荷止め板を取り付けるよう進言してこれを取り付けた後に生コンを積み込むべき注意義務があったのに、これを怠り荷止め板の取り付けのない船倉内に帆布を敷いたのみで生コンの積み込みをさせて航行した過失によって本件船舶を沈没するに至らしめたものというべきである。《証拠省略》中、本件沈没の原因は、生コンの積載量が過大であった点にある旨述べる部分は、採用し難い。

したがって、控訴人は、船長として商法七〇五条により、船舶所有者である被控訴人会社に対し本件沈没により生じた損害を賠償する責任を負うべきものである。

三  控訴人は、商法七〇五条二項の免責事由がある旨主張する。

しかしながら、前記認定事実に徴すれば、本件船舶は、総屯数一二〇屯であって、二四〇トン程度の砂を積載して安全に航行しうるものであり、約一〇〇トン程度の重量となる生コン五〇立方メートルの積載自体が危険であったとは認め難い。寧ろ、本件生コンの積載の方法に問題があったものであることは、前示のとおりである。しかして、本件全立証によるも、船主である被控訴人会社において、控訴人に対し本件生コン五〇立方メートルを船倉内に殊更バラ積みすべきことを指図したものと認むべき証拠はない。前記認定事実によれば、控訴人は、被控訴人会社取締役工事部長成井正三から、本件船舶により生コンを西の浦港から玄海島まで運搬することについて意見を求められた際、生コン五〇立方メートル程度を船倉内にそのまま積載しても特別に危険はないものと考えていて、「五〇立方メートル位は積まなければ、採算がとれないでしょう。」と答えたのみで、生コンの積載方法につき特段の安全上の配慮を要する旨の申出をなんらなさず、しかして、被控訴人会社は、船長である控訴人の意見をそのまま採用して、生コンを五〇立方メートル宛積載して運搬すべきことを控訴人に指示するに至ったものと考えられる。したがって、商法七〇五条二項の免責事由があるということはできない。

また、控訴人は、商法七〇五条の船長の責任は「失火ノ責任ニ関スル法律」に準じ船長に重大なる過失ある場合のみに限定されるものと解釈すべき旨主張するけれども、右の船長の責任を控訴人主張の如く限定して解釈するのを相当とする合理的根拠を見出し難い。

四  控訴人は、また、「穀類その他の特殊貨物船舶運送規則」により、生コンのばら積み運送をする場合には、船主たる被控訴人において、海運局長の認定を受け、本件船舶に荷止め板を設置すべき義務があった旨主張する。しかし、同規則にいわゆる「微粉精鉱」とは「浮遊選鉱により得られる硫化鉄精鉱、亜鉛精鉱、銅精鉱その他の精鉱」(同規則一六条)を指すものであって、生コンはこれに該当しないことが明らかであるから、右規則の適用はない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

また、控訴人は、本件船舶の航行中、生コンが移動を始め、船体が傾斜し危険な状態に陥った場合に、積荷である生コンを処置して船体の傾斜の復原の措置を講ずるのは、クレーン士の職務である旨主張する。

しかし、船舶に危険が生じた場合に、積荷を海上に投棄するなどの処置を命ずるのは船長の職務権限に属するものと解されるところ、本件船舶に乗組んだクレーン士において殊更船長である控訴人の命令に反して積荷である生コンの海上投棄を怠ったものと認めうべき証拠はない。寧ろ、クレーン士においてクレーンを用いて生コンを海上投棄すべく努めたが、クレーンが作動しなかったものであることは前記認定のとおりである。

したがって、本件沈没が被控訴人会社ないし被控訴人会社の他の被用者の過失によって生じた旨の控訴人の主張は採用することができない。

五  よって、次に、被控訴人会社に生じた損害について検討する。

1(一)  漁業補償費 金二五〇万円

《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件船舶沈没の海域において漁業を営む漁民をもって構成される西浦漁業協同組合から本件船舶を引き揚げて漁業に支障のない場所に移すよう要求されたが、本件船舶の引揚費用として金二八〇万円を要するところから、昭和五二年一〇月三日頃、同漁業協同組合との間において、本件船舶の引揚を行わない代りに、漁業補償として同組合に金二五〇万円を支払うことを内容とする和解契約を締結して、右金二五〇万円の補償金を支払ったことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  逸失利益 金一一七万四三七九円

《証拠省略》によれば、被控訴人会社は、本件船舶の沈没により通常代替船舶を入手しうるに至る三ケ月間本件船舶の稼働により得べかりし利益を失ったこと、しかして、被控訴人が昭和五一年九月から同年一一月までの三ケ月間本件船舶を稼働させることにより、原判決末尾の逸失利益計算書(一)及び(2)の各該当部分記載のとおり、合計金一一七万四三七九円の利益をえていたことが認められ、これに反する証拠はない。したがって、本件船舶の沈没により、被控訴人は、少くとも右金一一七万四三七九円の得べかりし利益を失ったものと認めるのが相当である。(本件沈没事故から時間的に隔りのある昭和四九年、昭和五〇年当時の収支を斟酌するのは相当でない)。

(三)  船員雇入契約の終了による失業手当 金四一万七〇〇〇円

船員法三九条に基づき、本件船舶の沈没により被控訴人会社と本件船舶乗組員との間の雇傭契約が終了し、同法四五条により被控訴人会社は右乗組員に対し二ケ月の間(ただし、二ケ月以内に再就職したときは就職の日までの間)給与額相当の失業手当を支給すべき義務を負うものであるところ、《証拠省略》によれば、被控訴人会社は、右船員法の規定にしたがい、船長である控訴人に金三五万円(二ケ月分)、機関士に金六万七〇〇〇円(一三日分)の各失業手当を支給したことが認められ、これに反する証拠はない。被控訴人は、クレーン士に対しても失業手当二ケ月分四〇万円を支払った旨主張するけれども、《証拠省略》によれば、被控訴人会社においては同クレーン士に対し他の業務を命じて給与を支給していたものであることが明らかであるから、同クレーン士に対する二ケ月分の給与支払額金四〇万円は、船員法に基づく失業手当の支給とは認め難い。

(四)  本件船舶価額相当額 金五五〇万円

《証拠省略》によれば、本件船舶の沈没時における価額は保険価額である金五五〇万円を下らないものであったことが認められ、これに反する証拠はない。

(五)  沈没船調査作業費 金七万四〇〇〇円

《証拠省略》によれば、被控訴人会社は、本件船舶沈没によりその調査作業費として金七万四〇〇〇円の出捐を余儀なくされたことが認められ、これを左右すべき証拠はない。

2  被控訴人会社が本件船舶沈没の結果被った損害は、右各損害合計額金九六六万五三七九円となり、これは全額本件沈没事故と相当因果関係ある損害と認められる。

六  なお、控訴人は、過失相殺をなすべき事由がある旨主張するけれども、被控訴人会社は、事前に船長である控訴人の意見を徴し、その意見にしたがって本件生コン運搬の運航計画を立てたものであり、かつ、右生コンの積載方法について殊更バラ積みの指図を与えたものでなかったことは前判示のとおりであるから、被控訴人会社の側に本件沈没事故発生につき過失相殺の事由とするのを相当とするような特段の過失が存したものとは認め難い。また、被控訴人の被用者である本件船舶のクレーン士に特段の過失があったものとは認め難いことも、先に判示したとおりである。

七  《証拠省略》によれば、被控訴人会社は本件船舶沈没に伴う損害に対する補償として日本小型船舶相互保険組合から金五五〇万円の保険金の給付を受けていることが明らかであるから、これを控除すれば、本件残存損害額は金四一六万五三七九円となる。

八  しかして、本件沈没事故は、控訴人が被控訴人会社の従業員としてその業務の遂行中に惹起した事故であるから、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償請求は、被控訴人会社の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されるものと解すべきところ、前記認定にかかる、控訴人が船長とはいえ昭和四五年八月に丙種船長の免許を受けたものに過ぎず、その仕事の内容も命じられるままに限られた水面を航行するだけのものであったこと、その報酬として控訴人が被控訴人会社から支給を受けていた給与は、月額一七万五〇〇〇円に過ぎず、同一船舶に乗組むクレーン士の給与額より低額であったこと、平素の勤務状態に格別問題があった形跡は認められないこと、本件船舶には生コン運搬に必要な荷止め板の設備がもともとなかったことその他の諸般の事情を斟酌すれば、控訴人が被控訴人会社に対して負うべき損害賠償義務は、前記残存損害額の二割の限度である金八三万三〇七六円とするのが相当である。

九  控訴人は、被控訴人に対し反対債権合計額三万七四六〇円をもって本件損害賠償義務と相殺をなす旨主張するけれども、本件損害賠償義務は不法行為によって生じたものというべきであるから、民法七〇九条により反対債権をもって相殺をなすことは許されない。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、金八三万三〇七六円の賠償義務を負うものというべきである。

一〇  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し右金八三万三〇七六円及びこれに対する本件不法行為発生の日の後である昭和五三年六月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきであり、これと一部趣旨を異にする原判決はその限度において変更を免れず、本件控訴は一部理由がある。

よって、原判決を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蓑田速夫 裁判官 金澤英一 裁判官吉村俊一は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 蓑田速夫)

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